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三河湾のスナメリ
三河湾のスナメリ
街なかが好き。
海、川、山も好き。
あちらこちらへ出没します。

2012年10月27日

ピンク色の市役所

このピンク入りの建物は、


石巻市役所です。
石巻市役所の建設計画がありましたが、
中心市街地にあった「さくら野百貨店」が閉店したため、
百貨店を市役所として利用する方が適切と考えたようです。
JR石巻駅前にある好立地。


壁面には、「今こそみんながひとつになる時」との、
サイボーグ009のメッセージ。


こちらの壁面には、仮面らーだーのメッセージ。


でも、百貨店という建物はもともと窓が少ないので、
そのような窓が少ない建物で事務をするのは落ち着かないそうです。


でも、「さくらの百貨店」のイメージカラーの通り、
復興に向けて頑張ってほしいと思います。



  


Posted by 三河湾のスナメリ at 16:43
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2012年10月27日

石巻復興マルシェ

石巻でのランチ


石巻まちなか復興マルシェで


仮設店舗ながら、


海鮮丼や、


お手頃な餃子なども、店内やテラスで、楽しめます。

  


Posted by 三河湾のスナメリ at 06:30
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2012年10月26日

仮面ライダーの漫画館も被災

仮面ライダーやサイボーグ009で有名な宮城県出身の漫画家、石ノ森章太郎の
漫画記念館も東日本大震災で被災しました。
修復工事のを行い、11月17日に再オープンします。


これが被災前の漫画館周辺地域の状況。
旧北上川の中州にある丸い白い建物が漫画館です。


被災直後の状況。
中州全体が水浸しです。


そして、現在の状況。
見た目には、復旧しています。


11月17日に再オープンする石ノ森漫画館のHPはこちらです。  


Posted by 三河湾のスナメリ at 21:53
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2012年10月25日

石巻市街地の被災

被災直後の石巻市街地の被災状況です。


がんばろう 石巻。


ここまで津波が来た との表示。
ポールの先端が津波が来た高さです。


被災した小学校。


水没して廃車になった自動車。


瓦礫。


瓦礫を燃やす焼却炉。
かなり立派な焼却施設です。
  


Posted by 三河湾のスナメリ at 19:21
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2012年10月24日

石巻 日和山から見た震災

石巻市の中心地に日和山があります。


震災前の写真。
海辺まで市街地が広がっていました。


今は建物はまばら。


コンクリートの建物は残っていても、人は住んでいません。


旧北上川の方、震災前の写真。
建物密集の市街地でした。


こちらは徐々に復興が進んでいます。





  


Posted by 三河湾のスナメリ at 07:16
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2012年10月23日

リアス式海岸 雄勝の復興

リアス式海岸の雄勝の被災状況。
壊れた家の木材が一面にあふれています。


雄勝支所の前には、


仮設店舗があります。


うまいもの屋、


寿司屋、


八百屋さんなど、
賑わっているとまでは言いませんが、
復興の息吹を感じます。




  


Posted by 三河湾のスナメリ at 20:06
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2012年10月23日

柳生川が氾濫注意水位を超えた

6時50分に氾濫注意水位2mを超え、7時現在2.52mに達しています。
避難判断水位の3mまで、あと50㎝。


雨も午前中は降り続くようです。
当面、7時30分から8時30分の時間20mm~30mmの豪雨に注意が必要です。
  
タグ :氾濫


Posted by 三河湾のスナメリ at 07:16
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2012年10月22日

大川小学校の悲劇

石巻市立大川小学校の慰霊碑です。
全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明となりました。
鎮魂の思いです。


この校舎の屋根を超えて津波が襲いました。


小学校には裏山があります。
何故逃げなかったのか?
裏山が急峻だったことがひとつ。


もうひとつは、当時のハザードマップでは、大川小学校まで津波は来ない。
そして、大川小学校自体が津波避難場所だったのです。
そうしたことが、巨大地震であったにもかかわらず、避難の判断を誤らせたようです。


大川小学校の周囲には、何も残っていません。


大川小学校の悲劇は、このHPに詳しく書かれています



  


Posted by 三河湾のスナメリ at 16:33
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2012年10月19日

約30万人の死者数やメルトダウンの危機も想定

小説家 高嶋哲夫さんは、東海・東南海地震で、約30万人の死者数を想定していました。
名古屋の超高層ビルや地下街が壊滅的な被害を受けます。


こちらが8月末に政府が発表した約32万人死者数


また、原子力発電所のメルトダウンの危機も書かれています。
小説では、一人の運転員が大量に被ばくしながら、制御棒を手動で押し込み、
メルトダウンを回避しています。


TSUNAMIの前に、首都東京を襲った大地震を描いた小説M8を読むことをお薦めします。  

Posted by 三河湾のスナメリ at 13:16
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2012年10月19日

3.11より前に25mの巨大津波を想定した人

小説家 高嶋哲夫
TSUNAMIの著者です。


東海・東南海の巨大地震が発生し、


伊豆半島を高さ25mもの巨大津波が襲った。


3.11以前にこのような巨大津波の小説を描いたことは、驚きです。  
タグ :津波


Posted by 三河湾のスナメリ at 07:50
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2012年09月30日

三河港の潮位が160㎝高くなった

もう潮位は下がっているはずですが、
19時頃には、三河港の潮位が通常よりも160㎝も高くなりました。

いつもの潮位90㎝に160㎝高くなって、250㎝になりました。

300㎝になると、海岸堤防が低いところでは浸水します。
危なかったですね。
  
タグ :三河港


Posted by 三河湾のスナメリ at 22:28
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2012年09月26日

土石流は時速70km

山や崖が崩れ、土や岩が水とまじりあって、一気に流れてくる土石流
その時速は20~70kmもあります。


豊川にも、こんなに崖崩れや土石流など土砂災害の危険個所があります。


土石流が起こってからでは、走っては逃げ切れません。
事前に危険個所を知った上で、大雨の場合、あらかじめ避難をすることが大事です。


  
タグ :土砂災害


Posted by 三河湾のスナメリ at 07:13
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2012年09月25日

津波の速さは時速250km

津波の速さは時速100~250km


南海トラフの震源は渥美半島から約100km以内にあります。


南海トラフの巨大地震が起きると、時速100~250kmの津波が押し寄せますので、
最長で1時間、短いと数分で、津波が渥美半島に押し寄せます。

そうすると、このサーファーたちはどうなるでしょうか?


サーフボードを持って走れば逃げ遅れ、
車に乗れば、大渋滞になります。


サーフボードや、車を置いて走って、高台に逃げるのが生き延びるための鉄則です。

  


Posted by 三河湾のスナメリ at 19:37
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2012年09月25日

建物が全壊しても生き残る

南海トラフの巨大地震で、
愛知県内では最大30万棟が全壊する恐れがあります。


建物の耐震化工事が急務ですが、
おそらく、百万や2百万、それ以上の金額がかかるかもしれません。

命を守るために、簡易型シェルターが開発されました。
その金額は十万円程度。お値打ちです。
  
タグ :巨大地震


Posted by 三河湾のスナメリ at 06:43
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2012年09月20日

西浦半島の津波

西浦半島には、1854年の嘉永地震で津波が押し寄せましたが、
その高さは2m。


表浜の赤羽根では10mであった津波が三河湾内で2mにまで減衰しました。
しかし、塩津では4mとなっています。


西浦でも海水浴場に接した地域は標高が低いので、注意が必要です。


  


Posted by 三河湾のスナメリ at 06:23
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2012年09月18日

神野新田を守るために

神野新田は1498年の明応地震では赤のラインまで、
1707年の宝永地震では緑のラインまで、津波で浸水しました。


豊橋海岸の堤防が地震で液状化すると、


神野新田全体が浸水してしまいます。


そこで、地震で液状化が起きても、堤防が崩壊しないように、
堤防の耐震工事が行われています。


一刻も早く、完成すると安心です。


  


Posted by 三河湾のスナメリ at 22:39
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2012年09月17日

福江の津波

福江港は、干潮の時は水がありません。


しかし、福江では1707年の宝永地震の時、
約5mの津波が襲い、福江の各地で被害が発生しています。


小中山などでは、2m~4mの低い土地が広がっています。
避難場所の中山小学校の標高は2.4m。
福江中学校の標高も6mしかありません。


渥美火力発電所のLNG基地も津波被害が心配です。
  


Posted by 三河湾のスナメリ at 22:13
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2012年09月16日

堀切の津波

田原市の堀切では、これまで4回の地震で、5~8mの津波が記録されています。


何しろ、太平洋が目の前で、
堀切は断崖がなく、標高4~5mの低地のため、
津波が起きるたびに大きな被害を受けています。


1498年明応の津波では人家倒壊、死者があり、
1707年宝永の地震では集落跡を残さないほどの被害だったそうです。


堀切小学校では、学校から北東1.3キロの渥美運動公園(標高約30m)とし、
地震発生から15分で逃げ切れるように、頻繁に避難訓練を実施しています。
釜石の奇跡のように、こうした取り組みが子供たちや地域の人々の命を守ります。


  


Posted by 三河湾のスナメリ at 20:40
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2012年09月15日

赤羽根で巨大地震に出合ったら

赤羽根漁港は、愛知県でも有数の漁港。


赤羽根漁港の北側は広い砂浜の背後に高い段丘があり、津波から守ってくれます。


南側は北側に比べると少し低いですが、段丘があります。


赤羽根漁港周辺は土地が低いのです。
赤羽根周辺には、1854年の嘉永地震で10mの津波が押し寄せました。


2階建てのロコステーションでは、危険です。


避難場所は、約1km離れた赤羽根中学校です。
地震から15分以内に逃げる必要があります。
  
タグ :巨大地震


Posted by 三河湾のスナメリ at 18:45
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2012年09月14日

伊良湖岬で巨大地震に出合ったら…

伊良湖岬の先端で、遊んでいるときに、
巨大地震に出合ったら、
どこに逃げるか?


伊良湖灯台の高さは15mくらい。
明応地震、嘉永地震での津波高さは8mなので、
高さはかろうじて、いいのですが、スペースが足りません。
やはり、まず、国道42号まで上がってから、
伊良湖ビューホテルまで、走って逃げるのが安心です。


もう一つの考え方。
伊良湖岬を回って、三河湾に入り込むと、
津波の高さは低くなります。

伊良湖海水浴場の辺りでは、明応地震では、津波高さが1.5mでした。


海沿いで、心配もありますが、
伊良湖シーパーク&スパに避難することも考えられます。


巨大地震が起きたら、ただちに津波から避難する必要があります。
どこに逃げるのが安全か?
正しい情報を得て、皆さん的確に判断しましょう。  


Posted by 三河湾のスナメリ at 10:18
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