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三河湾のスナメリ
三河湾のスナメリ
街なかが好き。
海、川、山も好き。
あちらこちらへ出没します。

2011年11月05日

円頓寺映画祭

11月12日(土)、13日(日)に、
円頓寺商店街と四間道界隈で、
円頓寺映画祭が開催されます。

「円頓寺映画祭は名古屋大学大学院国際言語文化研究科の修士の学生3名を中心に、
名古屋市、愛知県内の大学生によって2009年に立ち上げられました。
学生映画をはじめ、普段映画館では見られないような映画を、映画館のない街で上映し、
地域の方々や映画を愛する方々との交流の場として映画祭を開催しております。
三回目を迎える今年は、「ニッポンを見つめなおす二日間」をテーマとし、
地域から生まれた映画や外国人の方が日本で撮られた映画、
日本が誇るアニメーションなどを上映いたします。」

詳しくは、円頓寺映画祭のHPをご覧ください。


戦災による焼失を免れ、古い建築物やまちなみが残る円頓寺商店街や四間道界隈で、
学生たちによる手作りによる映画祭が行われる文化的価値は大きいと思います。


  


Posted by 三河湾のスナメリ at 22:49
Comments(0)カルチャー

2011年11月05日

四間道

「四間道」と書いて、「しけみち」と呼びます。


円頓寺商店街のHPにも書いてありますが、
「元禄13年(1700年)、円頓寺付近から出火し、
1600余軒が燃えてしまったことから、
藩が防火対策として堀川端の問屋筋の裏を拡張し、
道幅を4間にしたところから四間道と呼ばれた。」

そうです。


古い蔵のようですが、レストランです。


四間道は、堀川沿いにあります。
「堀川は、豊臣恩顧の福島正則を中心に20の大名が普請を命じられ、
商家の玄関は,物資の集散を行うため堀川に向かい,土蔵が家の裏手に作られました。
しかし、四間道は1700年(元禄13)の元禄の大火で1649軒の町屋と15の寺社が焼失してしまい、
尾張藩4代藩主の徳川吉通は、商家の焼失を避けるために
堀川沿いにある商家の裏道幅を4間(約7m)に拡張しました。
このことから四間道(しけみち)といわれるようになりました。」

これは、名古屋港のHPから引用しました。


四間道の案内図です。
  
タグ :四間道堀川


Posted by 三河湾のスナメリ at 20:16
Comments(0)街なか

2011年11月05日

わやだがや

「わや だがや」 は、方言。
「わや」は、いろんな地方で使われていますが、
「わや」のあとに、「だがや」、「だぎゃあ」と繋がると、名古屋弁。

三河では、「わや じゃん」。


「やっとかめ」は、「やっとかめ だなも」と「八十日目」と「だなも」とくっついたのです。

「かんこうする」、「ちょうらかす」の方言の飾りもあります。
かんこうする」は、「勘考する」ですが、
「ちょうらかす」は、適当な漢字がないですねが、「ちょろまかす」といった感じでしょうか?


名古屋弁を「どえりゃあ」「飾っとらっせる」円頓寺商店街に「いりゃーせ」



  
タグ :方言


Posted by 三河湾のスナメリ at 17:42
Comments(0)カルチャー